寺部城
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【城郭の概要】
所在地:豊田市豊松大田字城山
別 名 : −
築 城 :文明年間(1469〜1487)
初城主:鈴木下野守重時
区 分 :平城
遺 構 :土塁,空掘,礎石,井戸
城 域 : −


土塁と石碑
道路脇の土塁と石碑

【現地への案内】
国道1号線53号線と国道248号線の交差点を北へ700〜800m、久保町の交差点を東へ、矢作川を渡って北へ50m
細位置はコチラ 

【駐車場路上駐車
【訪 城】2003年4月
【撮 影】2003年4月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 矢作川の東岸、堤防の真横にある林一帯が寺部城である。
中心部は寺部城址の森として公園になっており、寺部城のを示す案内板が土塁の上に石碑が建てられている。この公園の奥(西側)にも高さ1〜2mの土塁が残っているが、矢作川の堤防の一部か。公園内には3カ所の井戸と土蔵と茶室の基礎が残っている。
 また、南側には守綱神社が建てられており、神社の横の竹藪の中に規模の大きな空堀を確認することが出来、守綱神社も城域であったことが伺える。守綱神社の案内板にも旧寺部陣屋内であると記されていた。

【城郭の歴史】
 寺部城は15世紀、文明年中、鈴木重時によって築城された城で、のち尾州徳川家の家老職家の居城となりました。鈴木氏時代の遺稿は西側の土塁のみで、あとは江戸時代から明治期の館の建物の礎石です。
 土塁は幅5.1mの立派なもので、土塁の外側は堀となっています。建物は母屋、書院、茶席、土蔵などがありました。城の面積は約1万m2、城中には井戸が3箇所あり、籠城の備えてものと考えられます。屋敷内には「つくばい」が多数見られましたが、これは10代目当主規綱候が茶人であったことによるものでしょう。
豊田市教育委員会


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