勝鬘寺
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【城郭の概要】
所在地:岡崎市針崎町朱印地
別 名 : −
築 城 :正嘉2年(1258)
初城主:
区 分 :寺院
遺 構 : −
城 域 : −

勝鬘寺本堂
勝鬘寺本堂

【現地への案内】
JR岡崎駅から南に約500m
細位置はコチラ 

【駐車場道路脇に駐車
【訪 城】2003年12月
【撮 影】2003年12月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 永禄6年(1563)に家康の家臣・菅沼定顕が、上宮寺から糧米を強制的に徴収しようとしたため、三河本願寺が徳川家康に対抗して一揆が起こっている。これが三河一向一揆と云われるもので、勝鬘寺は、上宮寺や本證寺とともに、三河一向一揆衆の拠点の一つである。本堂は名古屋市指定有形文化財に指定されている。
また、裏の墓地には渡辺高綱の墓がある。

【城郭の歴史】
 三河における最初の真宗道場として、1258年に創建されました。当時は赤渋にありましたが、その後水害の難を避けるために現在地へ移りました。
1563年、三河一向一揆の嵐が襲い、肉親や主従が敵味方に分かれて戦いました。当時は蜂谷半之亟らがたてこもり、数ヶ月に渡って家康に抵抗しました、この戦いで討ち死にした渡辺高綱の墓があります。
現地案内板より

 一向一揆の詳細については、本願寺と一向一揆を参照下さい。

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