新城城
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【城郭の概要】
所在地:新城市西入船
別 名 : −
築 城 :天正3年(1575)
初城主:奥平信昌
区 分 :平城
遺 構 :土塁,堀
城 域 : −



新城城の背後は豊川に崖状に落ち込む

【現地への案内】
国道151号線から新城市役所へ
詳細位置はコチラ 

【駐車場新城市役所の駐車場を利用
【訪 城】2003年4月
【撮 影】2003年4月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 新城城の跡地には新城小学校および市役所が建てられており、新城小学校のグランドの西側にはに土塁を利用した花壇や遊び場が造られている。また、小学校の南東隅の櫓台らしき高台に石碑が建っているが、ここは二の丸跡である。以前は南西隅の本丸跡にあったようだが、移されたという。
 このようにほとんど遺構の残っていない新城城であるが、その選地には目を見張るものがある。南側を流れる豊川を背後に控え、まさに断崖絶壁が背後を守る "後ろ堅固" を絵に描いたような城で、現在でも新城市役所東側は国道を越えて浸食谷が入り組んでいたことを思わせる窪地が認められる。
縄張り図

小諸川を背後に控えた小諸城(長野県小諸市)を彷彿とさせる城で、ここの地形を見るだけでも価値はある。

【城郭の歴史】
 天正3年、長篠合戦後に奥平信昌によって築城された。天正18年家康の関東移封によって信昌は上野国小幡領宮崎(富岡市)で3万石を領した。その後新城城には、吉田城城主池田輝正の城代片桐半右衛門が入り、慶長5年に天領となり、慶安5年には菅沼定実が陣屋を置き、明治まで菅沼氏の本領であった。

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