茂松城
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【城郭の概要】
所在地:宝飯郡御津町広石字高坂
別 名 :高坂城
築 城 :享徳,文明年間
初城主:細川兵部輔勝久
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,井戸
城 域 :100m×100m
     標高 77m
     比高 50m

町指定史跡

土塁
主曲輪と背後の土塁

【現地への案内】
国道23号線から県道31号線で広石地区へ、御津高校の東の山
細位置はコチラ 

【駐車場御津高校横の路上に駐車
【訪 城】2005年10月
【撮 影】2003年10月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 茂松城は御津高校東側の山に位置しており、 比高差もさほど無く、どこからでも登ることが出来るが、御津高校正門を右に曲がり、突き当たりの竹藪の中から入山すると比較的登りやすい。
 尾根の先端に築かれ、主曲輪(35m×35m)を中心として東側と南側斜面に小曲輪を伴っている。主曲輪の東から北にかけて土塁が巡り、北側の土塁は高さ4〜5m。南側中央部に平虎口があり、虎口を抜けると南側に土塁を巡らせた15m四方の曲輪を配し、 虎口左側の支尾根にも袖曲輪がある。この袖曲輪の南側に直径2.5〜3m、深さ3〜4mの井戸がある。主曲輪北側の土塁から尾根までの比高差は15mほどもある。
 なお、茂松城の北約1.5kmには姫街道が走り、東は吉田城、西は岡崎城に至る。
井戸
袖曲輪にある井戸

【城郭の歴史】
 源範頼が三河守であったころの居城と伝えられる。後に細川勝久が拠ったが、文明年間に今川氏に攻められ落城した。その後は牧主計が在城したが桶狭間の戦いで討ち死にし廃城となった。

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