左京殿(さきょうでん)城
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【城郭の概要】
所在地:豊橋市嵩山町字公護
別 名 : −
築 城 :戦国時代か
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 :堀切,土塁
城 域 :100m×100m
     標高 98m
     比高 35m

空堀
主曲輪西側の空掘

【現地への案内】
国道362号線本坂トンネルの西端から西へ約1km、嵩山小学校の背後の山
詳細位置はコチラ 

【駐車場空地を利用
【訪 城】2005年5月
【撮 影】2005年5月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★★
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 左京殿城は姫街道(旧国道362号線)を、まさに見下ろす位置の小さな小山の山頂付近に築かれている。南側斜面はなだらかであるが、アプローチが長くなるのを嫌って、西側斜面の嵩山小学校背後から登る。
 豊川用水を渡り、西斜面から登ると、いきなり空掘に出る。この空掘深さは2〜3mほどであるが、斜度がきつく下りることさえ出来ず、迂回して堀に下りる。堀を越えるとすぐに主曲輪に出る。
 主曲輪の西側は切り立った崖状地形を利用し、南側の斜度の緩やかな方面を大手として、深さ3〜4mの堀切(薬研堀)を配し、これを主曲輪西側にも廻した上で、虎口を西側に設けている。
 つまり、南側から登って来ても、堀切があるため直接南側からは城内には入れない。堀切を避けて西側斜面に迂回させ、主曲輪西側の堀と、登ってすぐに出くわした堀とで進入口を絞る構造になっている。地形の弱点を補う見事な縄張りと感じた。
 おそらく、この左京殿城を改修した勢力は、戦慣れし、過去に幾つもの城を築いた経験を持っていたことが推測される。
 一方、この嵩山町には左京殿城から北西に約1km、姫街道を挟んで月ヶ谷城が位置している。この月ヶ谷城には姫街道沿いの日比沢城(三ヶ日日比沢)と佐久城(三ヶ日都筑)等と共に内枡形虎口が認められ、織田・徳川勢力による築城,改修を予感させる。 
 こうしたことを考え合わせると、この左京殿城は元亀3年(1572)に野田城攻撃をした武田軍が、姫街道の封鎖を目的に改修したということが考えられる。ちなみに左京殿城から野田城(新城)までは約15kmの距離である。

【城郭の歴史】
 詳細不明

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