三河 岡崎城
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【城郭の概要】
所在地:岡崎市上佐々木町梅ノ木
別 名 :龍城
築 城 :享徳、康生年間(1452〜1457)
初城主:西郷弾正左衛門
区 分 :平城
遺 構 :石垣,水堀,井戸,空掘
城 域 : −

天守の遠景
天守の遠景
交通機関
【現地への案内】
国道1号線から岡崎公園へ
細位置はコチラ 


【駐車場有料駐車場を利用
【訪 城】2001年2月,2008年3月
【撮 影】2001年2月,2008年3月

メモ

評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)

三河武士のやかた 入場料350円
【現地の状況】
 岡崎城は矢作川の左岸にあって、矢作川の支流である伊賀川と乙川に三方を囲まれ、三方の川を堀に見立てた要害地形を利用して築城されている。

 現在では大手側に国道1号線が走り、城内は岡崎公園として市民に親しまれている。
公園の裏に廻ると、閑静な中に趣のある石垣を楽しむことができ、本丸北側に三日月堀、二の丸南側には空掘も残る。

【撮影のポイント】
 岡崎城天守閣は周囲の木々が邪魔をしてなかなか良いアングルで写真が撮れないが、岡崎城の東側の岡崎ニューグランドホテルのスカイレストランからならベストショットが狙える。当然のことながら、午前中がお勧め。


【城郭の歴史】
 岡崎城は室町時代中期の康正元年(1455)に三河の守護代西郷弾正左衛門が築城したのを創築とする。
 大永4年(1524)に家康の祖父松平七代清康が入城し、以後約350年松平氏の居城として三河武士活躍の拠点となった。

 天文11年(1542)徳川家康は岡崎城内で誕生し、永禄3年(1560)の桶狭間の合戦で、今川義元が戦死したことを契機に岡崎に帰国し、織田信長と同盟を結ぶ。

 元亀元年(1570)家康は本拠を浜松城に移し、嫡男信康を岡崎城主とした。天正18年(1590)家康は関東に移封され、秀吉は岡崎城に田中吉政を入れた。

 明治4年(1871)の廃藩置県により、明治6年(1873)から明治7年に城郭は取り壊されたが、昭和34年(1959)に三層五重の天守閣と井戸櫓,付櫓が復元された。

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