松平城
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【城郭の概要】
所在地:豊田市松平町字三斗蒔
別 名 :郷敷城
築 城 :応永年間〜文禄年間
初城主:松平親氏
区 分 :山城
遺 構 :曲輪,竪堀,横堀?,井戸
城 域 :200m×150m

     標高 300m
     比高 50mm


松平城への登城口
松平城への登城口

【現地への案内】
国道301号線を松平町へ、松平東照宮の南
細位置はコチラ 

【駐車場道路脇の空地を利用
【訪 城】2003年4月
【撮 影】2003年4月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 松平発祥の地・松平郷における松平の本城である。
比高50mの山頂を主曲輪とし、途中の平場に3つの曲輪を設けた連郭式の典型的な山城である。全体的に削平も甘く、土塁などはない。案内板には横堀が主曲輪周囲に200mにわたって配置されているとあるが、南斜面に30〜40mほどの堅堀があるだけで、それ以外はただの山道で空堀とは呼べないものである。
 国指定の史跡ということで期待して訪城したが、南北朝期、あるいは戦国初期に築城された山城で、少々落胆した。
 こんなところにも戦国の勝者・徳川のご威光が見え隠れするように思えてならない。
松平発祥の城と云ったところに意義を見いだすべきか。(^^;

松平城の縄張り図
松平城の縄張り図

【城郭の歴史】
 郷敷城と称する。応永(1394〜1427)の頃、松平(徳川)氏の始祖親氏の築城と伝わる。松平氏館跡の南東500m、お城山と呼ばれている標高298mの山頂に位置し、本丸は約6アール、西北部山頂に二の丸、その下段に三の丸跡がみられる。

 西部の他は総て急峻な斜面で、本丸跡の下方約15mの山腹に南,東,北の三方にわたり幅3から5mの空掘が残っていて、不時の敵襲に対する室町時代の典型的な山城である。文禄(1592〜1595)のころに破脚と云われているが明らかでない。
松平親氏公顕彰会

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