沓掛城
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【城郭の概要】
所在地:豊明市沓掛
別 名 :末盛城
築 城 :応永元年(1394
初城主:藤原義行
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,空掘
城 域 :本丸43m×46m,外曲輪288m×234m


県指定史跡




空堀
周囲に巡らされた空掘の一部
車
【現地への案内】
豊明市役所から北東へ約1.5km、正福寺の東隣
細位置はコチラ 

【駐車場専用駐車場
【訪 城】2003年9月
【撮 影】2003年9月

メモ
評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)

【現地の状況】
  沓掛城は、永禄3年(1560)5月19日に行われた桶狭間の戦いの前日、今川義元が軍議を開いた城として知られている。
 現在の沓掛城は本丸を中心に西の諏訪曲輪、および南の二の丸が公園として整備されており、本丸周囲には深さ2mほど、幅4〜6mほどの空掘が巡らされている。

【城郭の歴史】
 この城は正中2年(1325)近藤宗光を初代として9代目景春の時、織田信長に謀反した鳴海城主山口左馬助に落とされて今川勢に属したという。

 永禄3年(1560)、桶狭間の戦いに信長は、この城を攻め落とし、景春は戦死した。戦後恩賞として簗田出羽守に与えられ城は整備された。
 出羽守が加賀国に移った後、織田信照が継ぎ、やがて天正5年(1577)川口久助が城主となる。
 慶長5年(1600)関ヶ原の戦いに石田三成に味方することになった久助はとらえられ、伊達政宗に身柄を預けられた。その後廃城となった。
豊明市教育委員会


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