清洲城
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【城郭の概要】
所在地:西春日井郡清洲町古城
別 名 : −
築 城 :応永12年(1405)
初城主:斯波義重
区 分 :平城
遺 構 : −
城 域 :2,000m×2,500m


清洲城天守閣
清洲城の模擬天守

【現地への案内】
清洲町役場の東約500m
細位置はコチラ 

【駐車場専用駐車場
【訪 城】2001年5月
【撮 影】2001年5月

織田氏ゆかりの史跡をまとめてみました


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆  
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 現在の清洲城を初めて見る人は、けばけばしさに度肝を抜かれるのでは無いかと思う。 しかし慣れると、この城もなかなか良いものである。(^^)
ただ、吉田川に架かる朱色の橋はちょっとやりすぎかと思うのですが・・・・。

 現在の清洲城天守閣の建てられているところは本来の清洲城の位置ではなく、東海道線で分断されてはいるが、五条川を渡った所の北側が主曲輪址とされ、当時の清洲城は南に大手を開き、大手に五条川を引き込んだ堀を内堀として、三重の堀を巡らしていたとされる。

【城郭の歴史】
 清洲城は室町幕府の管領、尾張守護職斯波義重が応永12年に築城したと云われ、交通要衝でもあり、慶長15年(1610)名古屋城の築城が始まり、「清洲越し」が行われるまで、およそ200年間にわたって、政治・経済・交通の中心であった。

 斯波氏の時代は一重堀であったが、信長が城主となって以来、50年間に整備拡張された。天正10年(1582)織田信雄が城主となり、天守閣、書院などを築造し、堀も三重となった。その後城主は、豊臣秀次,福島政則,松平忠吉,徳川義直と代わり、名古屋城が完成すると、清洲の住民や建物も大部分が移された。これが「清洲越し」で、清洲城はこの時に廃城となった。
信長は、その後居城を小牧山城岐阜城、そして安土城と変える。



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