亀山城
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【城郭の概要】
所在地:南設楽郡作手村清岳
別 名 : −
築 城 :応永年間(1394〜1428)
初城主:奥平貞俊
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,堀,竪堀
城 域 :150m×60m

     比高 20m


土塁
主曲輪と土塁
車
【現地への案内】
国道301号線作手村清岳地区
詳細位置はコチラ 

【駐車場専用駐車場、約10台ほど駐車可能
【訪 城】2002年3月
【撮 影】2002年3月

メモ
評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 作手村は足助から新城へ抜ける街道筋にあり、この地域は交通の要衝といえる。現在の国道301号線を走ると東の高台に亀山城址の標識が大きく掲げられている。
 道路脇にたてられている案内標識に沿って進むと亀山城横の駐車場に着く。駐車場から林の中に入ると、そこは既に城域で、これまた楽な城攻めである。(^^)

 亀山城は主曲輪の東に二の曲輪を配置し、この二つの曲輪の周囲に幾つもの小曲輪を配した比較的簡単な曲輪配置であるが、縄張りはなかなか複雑である。
 駐車場から城域に入ってスグに目につくのが、高く壁のようにそそり立つ土塁。思わず鳥肌が立つ。駐車場は城の南側に位置しており、現地の案内にはこちらを大手としている。
 正面に二の曲輪への虎口が見えるが、まずは周囲から城の防御施設を確認するため、主曲輪南側の横堀に入る。この堀がまさに圧巻である。両側を高い土塁を築き、湾曲して主曲輪を取り巻いている様は小山城(静岡県吉田町)の馬出前面の三日月堀を想像させる。
 堀に沿って時計回りに廻ると、主曲輪西側の虎口に出る。虎口は平虎口ながら、前面に土塁が築かれ、馬出状の構造となっている。馬出状の曲輪の北側には大きな竪堀を配し、馬出状の曲輪の防御制を高めている。

 主曲輪北側は比較的斜度のきつい斜面に主曲輪を取り巻く形で帯状の曲輪を配し主曲輪と二の曲輪間の虎口へと続く。亀山城からは北側を走る国道301号線を見下ろす形になり、この城の担っていた役割が容易に理解できる。

 亀山城全体の防御思想からすると、二の曲輪の周囲を固める曲輪群に比較して、主曲輪西側の緩斜面の防御度が弱いのは否めない。しかしながら、この亀山城を改修したのは奥平氏か、それとも武田か、はたまた徳川か、興味は尽きない。
 近くにある古宮城は見事な土塁や堀が残っておりお勧め。

【城郭の歴史】
 作手村川尻城を居城としていた奥平氏が、その後貞俊の時代に入り清岳に移ったものと考えられている。
 天正3年(1575)長篠の戦いで、長篠城を武田軍の攻撃から守り抜いた奥平信昌の四男忠明が家康の養子となり、松平姓を許され、慶長7年(1602)に作手の亀山城主となったが、慶長15年には伊勢亀山城主となり、伊勢に転封されている。


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