上宮寺
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【城郭の概要】
所在地:岡崎市上佐々木町梅ノ木
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :寺院
遺 構 : −
城 域 : −

上宮寺本堂
上宮寺本堂
車
【現地への案内】
JR西岡崎駅から南へ約500m
細位置はコチラ 

【駐車場道路脇に駐車
【訪 城】2003年12月
【撮 影】2003年12月

メモ
評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 永禄6年(1563)に家康の家臣・菅沼定顕が、上宮寺から糧米を強制的に徴収しようとしたため、三河本願寺が徳川家康に対抗して一揆が起こっている。これが三河一向一揆と云われるもので、勝鬘寺は、上宮寺や本証寺とともに、三河一向一揆衆の拠点の一つである。
 現地へ行ってみて驚いたのは、本堂が超近代的なコンクリート造りになっていたことである。昭和63年の大火で本堂や庫裡などが全焼した後に建てられたものであるとか。

【城郭の歴史】
 佐々木上宮寺は三河・高田派の棟梁寺院のひとつである桑子の妙源寺に連なる有力寺院であったが、寛正2年(1461)9月頃蓮如の教化によって本願寺に転じた寺で住持の如光法師は応仁2年の11月に没するまでに三河地方の本願寺派坊主衆の中心になって蓮如を支えた一人とされる。
 永禄6年の一揆では、
上宮寺の将・矢田作十郎が敗れたことにより、家康の一方的勝利に終わり、僧徒たちは追放され、寺はことごとくこわされが、後に芳春院妙西尼の熱心な願いにより、上宮寺の復興が許可された。

 一向一揆の詳細については、本願寺と一向一揆を参照下さい。
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