石橋城
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【城郭の概要】
所在地:南設楽郡作手村清岳
別 名 :弾正屋敷,石橋館
築 城 : −
初城主:石橋弾正勝久
区 分 :平城
遺 構 :土塁
城 域 :40m×40m
     標高 520m
     比高 5m

城址に建つ慈称院
城址に建つ慈称院

【現地への案内】
国道301号線作手村清岳地区
詳細位置はコチラ 

【駐車場道の駅の駐車場を利用
【訪 城】2002年3月
【撮 影】2002年3月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 国道301号線、作手村の「道の駅」の真正面にあり、運転休憩を入れながら城廻りが出来る。(^^)
縄張り図

寺は周囲の地形よりも一段高くなり、境内の東側と北側に土塁を確認することが出来る。

【城郭の歴史】
 石橋城は奥平二代目貞久の二男、弾正久勝が最初の城主で、近辺の地名「石橋」を称し、三代貞昌の家臣となった。

 久勝の子、弾正繁昌は天文6年(1537)9月、主君への謀反が露見し、4代目貞勝の命を受けた土佐定雄に屋敷を攻められて敗北、郎党40人余が討ち死にした。
 死骸は一穴に埋められ、奥平弾正宮と呼ばれている。現在でも西方土塁の腰に石祠を確認することが出来る。
 後年になり、当山第二世徳岩明和尚が繁昌と一族の死を哀れみ亀山城主貞勝に願い出、弾正屋敷をもらい受けて寺地とし、「石橋山慈昌院」とした。

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