尾張 犬山城
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【城郭の概要】
所在地:犬山市字犬山
別 名 :白帝城
築 城 :天文6年(1537)
初城主:織田信康
区 分 :平山城
遺 構 :天守閣
城 域 : −
     標高 80m

天守閣は国宝


犬山城天守閣
国宝・犬山城天守閣

【現地への案内】
国道21号線鵜沼駅前を南下、犬山橋を渡って、すぐ右折
細位置はコチラ 

【駐車場
【訪 城】2001年7月
【撮 影】2001年7月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★★
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆


 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)

【現地の状況】
 犬山城は木曽川の左岸の断崖上に築かれ、西から北を流れる木曽川を堀と見立てた、典型的な後ろ堅固の城である。南側はなだらかな斜面をなし城下町が広がる。

 全国には模擬天主も含めて、見栄えのする天守閣は多いが、落ち着いた印象を与えるものは数少ない。私の知る限りでは国宝の松本城彦根城姫路城、およびこの犬山城以外では越前丸岡城ぐらいだろうか。やはり国宝の天主である。

 この犬山城、成瀬家所有の城として広く知られていたが、近年入場者も減り、財政難から、2004年4月、財団法人「犬山城白帝文庫」が設立され、城の所有者は成瀬家から財団法人に移った。

 なお、市内の瑞泉寺(犬山市犬山字瑞泉寺)の山門は犬山城の内田御門を移築したものと伝わる。
天守閣遠望
天守閣遠望


【城郭の歴史】
 文明元年(1496)室町幕府の管領斯波氏義郷の家臣・織田広親が現在の犬山城の南方の丘陵に城を築いたものを、天文6年(1537)広親から4代目の織田信康が現在に位置に移築したと伝えられる。

 関ヶ原の戦い後、徳川家康の4男松平忠吉が尾張を領して、その持城となる。慶長12年、平岩親吉が入城するが、同16年に没して、元和2年(16161)、尾張徳川家の付家老成瀬正成が城主となって、代々世襲し明治に至る。

 天守は外部から見ると三階建てであるが、内部は地上四階、地下二階となっている。
従来、この天守の創建は、天文6年(1537)に創築された美濃金山城(岐阜県可児郡兼山)の天守をその廃城後、当時の犬山城主石川光吉が拝領して移築したものと考えられていたが、昭和36年から40年にかけて天守の解体修理が行なわれ、その結果、1,2層の工法が古く、3,4層の工法が新しい年代のものであることが判明した。
 このため、「金山越」と文献に残る「移築説」を否定する説が出ているが。結論は出ていない。

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