五葉城
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【城郭の概要】
所在地:新城市中宇利字仁田
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :山城
遺 構 :土塁,竪堀
城 域 :150m×15m
     標高 438m
     比高 258m



林道北側斜面の曲輪

【現地への案内】
国道301号線富岡の信号から県道81号線を西に300〜400m、五葉湖を目当てに
詳細位置はコチラ 

【駐車場林道入口付近に路上駐車
【訪 城】2003年4月
【撮 影】2003年4月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 五葉城は東名高速道路の新城PAの南南西約1.2km、五葉湖(大原調整池)の北に位置しており、遠江・三ヶ日と三河・作手村,足助を結ぶ街道の宇利峠を押さえる目的で築かれたであろうことは容易に想像がつく。また、五葉城の背後にある高城が築城されていることを考え併せると、当時街道に対し、五葉城の築かれている位置が重要であったことを窺わせるのに十分である。
また、南に下れば中山峠からも三ヶ日からの街道(後の姫街道、現国道362号線)にも抜けることが出来る。

 五葉湖の駐車場を越えて、未舗装の林道に入る、500mほど走ると林道は門扉によって閉鎖されている。以前、ハイカーの火の不始末で山火事になって以後、閉鎖されたという。お盆の期間だけは地元の方が山にはいるため、門扉が開けられているというが、林道は未舗装であるため、4駆の車でない場合は歩いた方が賢明である。
 門扉前に車を止めて山道を登ること約40分、五葉城入口の案内板が建てられている。この間、二又の路が2カ所あるが、いずれの岐路も右に道を取れば迷うことはない。
案内板に沿って行くと五葉城の説明板の建てられているところが主曲輪である。削平は不十分で何処から何処までが曲輪なのかハッキリしない。
また、林道を挟んで北側(富岡側)の支尾根に曲輪であると称されている所が確認できるが、ほとんど削平されておらず、林道によって中央部が消失した今となっては曲輪であるとは見え難い。
 主曲輪を北端にして、東側尾根と南西側の尾根に連郭式に曲輪を配置していたというが、林道を通すために城域の約南半分が消失してしまっている。消失した南側には曲輪に伴って空堀が巡らされていたと云い、山城における空堀の存在は注目されるのだが、非常に残念である。残された曲輪等の状態から推察する限り、山の峻険さを頼りに築城された戦国初期の築城ではないかと考えられるのだが、後年改修されたのではないかと考えられる南側の遺構が林道のため消失しており、返す返すも惜しまれてならない。
 五葉城の位置は比較的山深いが景色などもよく、ハイキングに行くついでにお城廻りをするつもりであれば、お勧めの1城である。
 五葉城は2001年8月にも訪れたのだが、この時は林道の門扉前で夕刻時間切れで撤退。その後三河の城を廻る度に気になっていたのだが、今回の訪城で胸の支えが降りた。(^^)

【城郭の歴史】
 築城形式から南北朝時代の山城と考えられ、百郷弾正の出城とも云われている。北側は絶壁をなしており、周囲に堀と土塁がめぐらされている。南側に「馬かくし」とみられる堀跡が残っている。
新城市 現地案内板より

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