福釜城
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【城郭の概要】
所在地:安城市福釜城
別 名 : −
築 城 :永正年間
初城主:松平親盛
区 分 :平城
遺 構 : −
城 域 :


福釜城のあったとされる一帯

【現地への案内】
国道23号線福釜町下山交差点を北東へ約500m
【駐車場空地を利用
【訪 城】2003年12月
【撮 影】2003年12月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 福釜城は国道23号線福釜町下山交差点の北東一帯である。昭和初期までは松林の繁る小山があったが、今は平地となり福釜町21番地、神谷五重治氏宅が城跡といわれ、城跡の北方200mほどのところに記念碑が建てられているとのことであるが、見つけることは出来なかった。

【城郭の歴史】
 松平宗家の5代、長親の庶子・親盛が築城し、福釜松平と称したのが始まりである。享禄3年(1530)松平清康に従って東三河の宇利城を攻めたが討ち死にした。
 福釜松平2代・親次は槍の名手で、三河一向一揆の際は岡崎松平のためによく戦った。3代・親俊は父と同じく一揆勢とよく戦い、妻が長篠城城主・奥平貞延の娘であった関係で長篠に籠もって武田と戦ったが、天正9年(1581)病没した。4代・康親は徳川家康に従って各地を転戦、関東移封・関ヶ原の戦いを経て福釜へ戻り、以後、福釜松平は旗本として幕末まで続いた。
 福釜町の福釜松平家ゆかりの宝泉院には三代の肖像画があり、同寺西には三代の墓もある。


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