安祥城
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【城郭の概要】
所在地:安城市安城町赤塚
別 名 :森城
築 城 :永享12年(1440)
初城主:和田遠江守親平
区 分 :平山城
遺 構 :土塁等
城 域 :
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本丸のあったとされる大乗寺

【現地への案内】
名鉄西尾線南安城駅の南東約700m、安城市歴史博物館
詳細位置はコチラ
左メニュー付き
【駐車場大乗寺の駐車場を利用
【訪 城】2003年12月
【撮 影】2003年12月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 安城市歴史博物館の建っているところが安祥城の三の丸、大乗寺が本丸とされ、更に八幡社が二の丸とされる。
大乗寺の北西に土塁らしきものが認められる。櫓跡や堀跡、また八幡社には大手門跡などが残されていると云うが、よく分からなかった。(^^;
しかし、大乗寺や八幡社の建てられている高台地形には、如何にもという雰囲気が感じられる。

【城郭の歴史】
 創築年代は不詳だが、志貴荘地頭で足利一族の和田遠江守親平が永享12年(1440)に築城したとする説がある。しかし、安祥城について具体的な伝えが残るのは松平一族が入ってからである。
 文明3年(1471)松平信光は策をもって安祥城を攻略、安祥松平氏の本拠とし家督を子の親忠に譲った。親忠は五人の男子に、乗元の大給松平,親房の安祥松平,親光の西福釜松平,張忠の東条松平,乗清の滝脇松平に松平を名乗らせ、明応5年(1496)長男・長親に家督を譲っている。その後、信忠・清康と続き、岡崎城を本拠とするまで松平家代々の居城となった。
 永禄3年(1560)義元敗死、同5年織田信長と松平元康との間に攻守同盟が結ばれ、安祥城は廃城となった、寛政4年(1792)に安祥山大乗寺了雲院が城跡に建立されて今日に至っている。
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