新羅三郎義光公の墓

 新羅三郎は源義光のことで、源頼義の子にあたります。兄に源義家、源義綱がいます。新羅三郎というのは園城寺北院の鎮守新羅明神を祀る新羅善神堂の神前において元服したことにちなむもので、兄も八幡太郎義家、加茂二郎義綱とそれぞれ元服した神前に由来する名を別に有しています。
 義光は弓馬の道に優れ、後三年の役(1083〜87)には兄の義家を助けるため、奥羽州に出向いて清原氏の乱を兄に協力して治めています。
義光は1172年に没し、この墓が新羅三郎義光の墓と云われています。
          −大津市教育委員会−    昭和62年3月   −現地案内板より−


新羅三郎義光公の墓


所在地滋賀県大津市円城寺  新羅善神堂から山を下りること、約200m
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【訪問日】2004年10月2日

【現地を訪れて】
 新羅三郎義光公の墓は、新羅善神堂へ行く途中の薄暗い林の中にあった。あの武田氏の祖が、このようなところに埋葬されていること自体、意外であった。
おそらく訪れる人も、ほとんどないだろうが、義光公自身は、元服の新羅善神堂に近いこの地で満足しているのかもしれない。
 南足柄市観光協会と小山町観光協会による、「新羅三郎義光公供養の記」が建てられていた。

新羅三郎義光公供養の記
 八幡太郎義家が清原氏を打つために奥州に遠征し、金沢の棚で陣を張ったが戦況不利のため、弟新羅三郎義光は援軍として奥州に馳せ参じる途中、足柄峠において豊原時秋に笙の秘曲を授けた史実はあまりにも有名である。
海抜759mなし柄峠にある2m角大の岩石が笛吹き石と名付けられ、往事を偲ぶ唯一の証として残っているが、年々忘れられていくのを惜しみ、南足柄市,小山町の両観光協会は、毎年9月の第二日曜日に足柄峠において、供養および笛祭りを実施しており、祭りの中で行われる笙の吹奏、雅楽合奏などは平安の昔を偲ばせる格調高いもので、近隣の善男善女でにぎわっている。
 この度、笙の秘曲伝授の地より義光公ゆかりの当地を訪れ、墓前においてねんごろに供養し、源家ゆかりの方々と交流が生まれれば幸いと、これを記します。   平成2年6月4日
          神奈川県南足柄市観光協会  静岡県駿東郡小山町観光協会





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