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春日山林泉寺(米沢市)

 上杉謙信公の祖父・長尾能景が、父重景の菩提を弔い勲業を顕彰しようと明応5年(1496)越後高田(現新潟県上越市)に開基建立した曹洞宗の寺院です。
 寺号「林泉寺」は長尾重景の法名、山号「春日山」は謙信が上杉家を相続した折、上杉家の氏神である春日大明神を祭ったことによるものです。
 慶長6年(1601)上杉景勝公が米沢移封となり、それに伴って林泉寺も米沢に移ってきました。上杉氏歴代藩公の尊崇高く奥方や子女(26基)、上杉氏支候(16基)の廟所となっています。
 また、米沢城下創設の恩人直江山城守兼続の墓や、武田信玄の6男信清の墓(共に県指定)など、上杉家重臣の墓が数多くあります。斜平山を借景とした庭園は、米沢三名園の一つに数えられています。
現地案内板より
林泉寺山門
春日山林泉寺の山門
 林泉寺の山門は上杉家十代・上杉鷹山公の名家老竹俣当綱家の門であったものが移築されています。


武田信玄の四女・菊姫の墓

 林泉寺の境内には、上杉景勝に嫁いだ武田信玄の四女・菊姫の墓があります。菊姫の墓の横には、“甲州夫人菊姫の墓” と書かれていました。
菊姫の墓
菊姫の墓
 上杉氏二代目上杉景勝の正室で武田信玄の四女である。
武田信玄の没後、嫡子勝頼は上杉景勝と結び、天正7年(1579)妹の菊姫を越後の春日山城の景勝に嫁がせた。
甲州夫人と呼ばれて敬愛されたが、慶長9年(1604)京都の伏見で逝去、享年47歳。
山形県教育委員会,米沢市,米沢市教育委員会


武田信玄の六男・武田信清の墓
 武田信清の墓は上杉家廟の隣に建てられており、黒っぽい自然石に「武田信興之墓」の墓と刻まれています。晩年に改名でもしたのでしょうか。


武田信清の墓

 天正10年、武田氏滅亡後、武田信清は姉菊姫の夫・上杉景勝公を頼って来たる。上杉氏は高家衆の筆頭として優遇し3200石を賜った。83歳にて没す、子孫は代々米沢に住居した。

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【訪問日】2006年10月21日
詳細はコチラ mapfan

【所在地】山形県米沢市林泉寺1丁目2-3

【現地を訪れて】
 元々、菊姫や武田信清の墓があると知って、この林泉寺を訪問したわけではなく、上杉家の菩提寺を訪ねる中で知りました。そのとき、どうして武田家六男・武田信清の墓が米沢にあるのか不思議でしたが、現地の案内板を読んでようやく納得した次第です。

 信清の兄・仁科五郎盛信(武田信玄の五男)は北信濃の仁科家の養子に入り、仁科家を次ぎ、天正10年には信濃高遠城で織田信忠率いる織田軍と戦って華々しく戦死しますが、この信清は武田家滅亡に際して越後の上杉を頼って逃れ、上杉景勝もこれを庇護したことを考え合わせると、あまり戦闘的な性格ではなかったのか・・・・・・などと想像を巡らせてしまいました。

観 光
米沢城(上杉神社)

米沢城の堀
 鎌倉時代に築城され、伊達氏,蒲生氏,上杉氏の居城。壕と石垣、土塁が残り、本丸跡には上杉信玄および上杉家中興の祖・十代上杉鷹山を祭った上杉神社がある。
 なお、米沢城は天文17年(1548)伊達政宗が誕生した地としても知られている。

上杉家廟所
 上杉家歴代藩主の廟所で、上杉景勝公逝去の際に廟所とされて以来、12代斉定公までがこの地に埋葬されています。

米沢市御廟1丁目5-30 
TEL 0238-23-3115
大人 200円

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