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鳳凰山 願成寺

 宝亀2年(771)心休了愚法印によって京都祇園寺の末寺として開創され、その後、武田の庄に拠った武田信義によって武田氏の祈願所として中興された。武田信虎時代に臨済宗に改宗、寛永15年(1638)には曹洞宗に改宗し復興された。


願成寺山門


武田信義公の墓

 願成寺境内には武田信義の五輪塔がある。信義の墓を中央に、左の五輪塔は信義夫人、右の五輪塔は武田氏13代信昌(信玄の父信虎の祖父)の息女祖母姫(うばひめ)の墓と伝える。
信義は新羅三郎の曾孫にあたり、 武田八幡宮の社前で元服し、武田氏を名乗った。

信義公の墓


【所在地】山梨県韮崎市神山町鍋山1111
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【訪問日】2004年8月9日
【現地を訪れて】
 願成寺は信義が元服をして武田を名乗った武田八幡宮の東約1kmにあり、甲斐武田氏の始祖には相応しい場所にあった。

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