近江 四ッ谷城


【城郭の概要】

所在地:日野町東桜谷
別 名 :−
築 城 :嘉吉3年(1433)
初城主:小倉氏
区 分 :平山城
遺 構 :−
面 積 :土塁,空堀

小倉氏の紋

(梅鉢)

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曲輪跡に建つテレビ塔
曲輪跡に建つテレビ塔

・交通:国道307号から東桜谷へ
・駐車:なし
・撮影:2000年11月
遺構の保存状態 ★★
遺構確認し易さ ★★
体力消耗度
お勧め度 ★★

★の数の多い方が良い(または、激しい)
【現地の状況】
 四谷城は、日野町東桜谷地区の背後の小高い山の尾根上に築城されている。
 東桜谷地区へ入る手前の空き地に車を置いて歩くと、すぐに「四ツ谷城址」を示す標識が朽ちて倒れていた。
 地元の人に聞くと、テレビ塔の建っているところが四ッ谷城だということで、テレビ塔をめざして上ること約10分、山道の右手に谷が現れる。
空堀のようでもあり、谷のようでもあり・・・・・。
この谷の左手斜面を雑木を手懸かりに登ると曲輪に出た。

 曲輪内部は下草が刈られていたが、曲輪周囲は背丈1〜2mの笹が生い茂る。周囲には浅い堀跡が確認できた。

 ここが主曲輪と思いきや、下山途中の中腹に脇道があり、その先には高い土塁で虎口を設けた25×35mの曲輪があった。
山肌を10m近く掘り下げて造った削平地である。構造からしてここが主曲輪とみて間違いない。

【城郭の歴史】

 昭和45年代の牧野造成で貴重な城郭遺構が消滅したが、この場所に四ッ谷城という中世の城があった。

 室町時代の初期嘉吉3年(1433)に築城してと伝えられるこの城は上下二段に分かれ東西約40m、南北約50mで周囲を高い土塁で囲み、城内に井戸を設ける等雄大な本格的中世城郭であった。

 小倉氏の本城佐久良城に対する支城であり、一時期蒲生氏も領有していたという。一部の残存もあるが姿を消したのは惜しい。
現地説明板 (日野観光協会・東桜谷公民館)
曲輪と土塁
曲輪と土塁

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