近江 矢島御所
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 城郭の概要
所在地:守山市矢島町
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :館
遺 構 :土塁
城 域 : −

 現地への案内
交通機関
県道4号線・矢島の信号東入る

詳細位置はコチラ 

 駐車場
自治会会館前に5台駐車可

【訪 城】2001年1月
【撮 影】2001年1月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



矢島御所の名残の土塁
矢島御所の名残の土塁

 現地の状況
 矢島御所があった場所には矢島町の自治会館が建てられており、遺構は自治会館の東側民家の敷地に土塁の一部が残っているだけである。

 何年か前には、堀の一部が残っていたそうであるが、今は埋め立てられて公園となってしまっている。

矢島御所の跡地に建つ公民館
矢島御所の跡地に建つ公民館

 城郭の歴史
 永禄8年(1565)、松永久秀の手を逃れて奈良・興福寺一乗院を脱出した覚慶(後の足利義昭)が足利家承継のために拠った所で、約1年余り居住した。
警護には矢島越中守が当たったといわれている。

 足利義昭は、この後若狭の武田義統、越前の朝倉義景を頼って流浪するが、朝倉家の家臣であった明智光秀の仲介により、織田信長を頼って美濃へ移り、永禄11年(1568年)9月織田信長に擁立されて上洛。
10月18日、将軍宣下を受けて第15代将軍に就任した。


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