近江 和田支城T
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 城郭の概要
所在地:甲賀市甲賀町和田
別 名 : −
築 城 : −
初城主:和田伊賀守惟政
区 分 :平山城
遺 構 :土塁
和田氏の紋
和田氏の家紋(七曜)
(七曜)

 現地への案内
交通機関
県道4号線油日農協の信号を南入る、県道51号線
 駐車場
空地を利用

【訪 城】2002年6月
【撮 影】2002年6月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



主曲輪背後の土塁
主曲輪背後の土塁

 現地の状況
 足利義昭が滞在したとされる公方屋敷から700〜800mほど南へ行くと、和田城を三角形の頂点にして和田支城T,和田城U,和田城Vと配置され、それぞれの距離間隔はおおよそ300m程度。

 4城ある和田城の中で和田支城Tは最も南に位置しており、主曲輪には稲荷神社が祀られている。
 主曲輪周囲には土塁が巡らされた簡単な造りで、和田氏の一連の城郭の中で出城的な役割を担っていたのではないか。
惟政の墓だとされる五輪塔(安土町浄厳院)
惟政の墓だとされる五輪塔(安土町浄厳院)

 城郭の歴史
 和田城の城主は和田伊賀守惟政と推定される。和田惟政は近江守護佐々木六角の軍奉行を務め、足利義昭を領内に亡命させ、細川藤孝らと共に将軍擁立に尽力した。

 惟政は雄琴城(大津市),芥川城(大阪府高槻市)となり、キリスト教伝来で有名なフランシスコザビエルを保護し、信長に謁見させた武将として知られている。


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