天神山砦
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 城郭の概要
所在地:伊香郡余呉町
別 名 : −
築 城 :天正11年(1583)
初城主:山路正国
区 分 :山城
遺 構 :堀切,土塁
城 域 : −


 現地への案内

 国道365号線(北国街道)余呉町の草岡神社
詳細位置はコチラ 

 駐車場
神社前に駐車
【訪 城】2000年8月
【撮 影】2000年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


主曲輪背後の堀切



堀切にかかる土橋

 現地の状況
 天神山砦は天正11年(1583)賤ヶ岳の戦いに際して、羽柴秀吉が山路正国らに命じて築かせたもので、北国街道が山間の柳ヶ瀬から余呉の盆地に出る“のど首”にあたり、まさに北国街道を押さえる位置にある。

 草岡神社の横から裏山に登ること約10分で、主曲輪前面に配した階段状の曲輪を経て主曲輪につく。
 主曲輪には北方の柴田軍と東方の北国街道を意識して、北から東にかけて土塁が廻らされ、西側背後の尾根筋には堀切を配している。
 縄張りは単純で、規模も大きくはないが、北国街道を南下してくる柴田軍を牽制する目的を果たすには十分と思える。

天神山砦から後方の堂木山

 城郭の歴史
 天神山砦は北東約500mの茶臼山砦と共に秀吉の命により築かれたものであるが、江越国境を越えて南下してきた佐久間盛政が標高660mの行市山に行市山砦を築き、前田利家が別所山砦、また不破勝光,毛受勝助・家照兄弟,徳山五兵衛等が林谷山砦と、天神山砦に対峙する位置に砦を築いた。
 これら柴田軍の砦は天神山砦と山続きである上に、柴田軍の砦はいずれも高所にあり、地形的に不利な天神山砦は引き払われ、堂木山砦まで退くことを余儀なくされた。




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