近江 田上城
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 城郭の概要
所在地:大津市田上里町
別 名 :里城
築 城 :天正年間(1573〜1592)か
初城主:多羅尾光俊
区 分 :平城
遺 構 :曲輪,石垣
城域 : −

 現地への案内
交通機関
南郷の洗堰から約1.5km東、大津市立田上小学校
詳細位置はコチラ 

 駐車場
大津市立田上小学校

【訪 城】2003年1月
【撮 影】2003年1月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



小学校正門前の削平地の石垣
小学校正門前の削平地の石垣

 現地の状況
 信楽高原が琵琶湖に向かって延びる丘陵地の先端に位置する、大津市立田上小学校の敷地一帯が田上城である。

 前面(北)は瀬田川沿って広がる平地を見下ろす高台に築城されているが、北〜東にかけては宅地化がすすみ、遺構は消滅し、どこまでが城域なのか定かではない。

 一方、西から南にかけては自然地形がわずかに残されており、田上小学校の玄関前の斜面の竹藪には2段の削平地が残り、下段の削平地切岸には長さ20mにわたって石垣がある。果たして当時のものか・・・。
また、西斜面には堀状、あるいは虎口状の遺構らしきものもあるが、確信をもつに至らず。


 城郭の歴史
 田上城は甲賀郡の甲賀五十三家の一家である多羅尾氏がこの地に城を築いたのもで、このあたりは近江国から伊勢・伊賀両国、および大和国に至る信楽街道の要所にあたるためとされている。

 この地は多羅尾の居城・多羅尾屋敷(甲賀市信楽町多羅尾)から約20kmの距離にあり、多羅尾氏が相当な勢力をもっていたことが窺える。
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