近江 高野城
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 城郭の概要
所在地:甲賀市甲賀町高野
別 名 : −
築 城 :室町時代
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,曲輪
城 域 : −



 現地への案内
交通機関は車を利用
JR草津線甲賀駅の北西、約1.5km
mapfan
 駐車場
大原市場公民館の駐車場を利用
【訪 城】2005年9月
【撮 影】2005年9月
評価項目 見所評価
選地
縄張り
普請
体力消耗度 ☆☆
お勧め度
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


土塁の一部

 現地の状況
 高野城については、第2名神高速の工事に伴って発掘調査がなされ、滋賀県文化財保護協会主催で2005年9月10日に現地説明会が開かれました。

 私も参加しましたが、滋賀県文化財保護協会が城郭遺構としているものはほとんどが自然地形を都合の良いように解釈したもので、滋賀県の城郭研究者の人材不足を痛感した次第です。

 現地説明会の詳細はコチラに掲載していますので、参考にしてください。
 なお、上記写真は高野城の中で最も城郭遺構らしいと感じた土塁です。(^^)

 以下は、新聞報道された高野城の発掘調査に関わる記事です。
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 戦国時代後期(16世紀後半)に甲賀武士が築いた城館とされる「高野城」(甲賀市甲賀町高野)が、これまで想定されていたより規模が大きく、複数の建物で構成されていたことを県教委が7日発表した。  

 高野城は、甲賀忍者の原型とされる甲賀武士の築いた城とされ、発掘調査などから、これまでは小規模な平らな面と土塁を持つだけの単純な構造の城館遺跡とみられていた。
しかし、第2名神の建設にともなう昨年11月からの試掘調査で、幅5・5〜20メートル、長さ9〜21メートルの平坦(へいたん)面四つと、10カ所の堀状の凹地が確認された。この結果から、東西250メートル、南北230メートル以上にわたり関連の施設が広がっている可能性が出てきたという。
ただ、城館域全体では建物に統一した構造はみられず、必要に応じて個々の建物を建てていたとみられる。

 高野城があった時期と重なる1570(元亀元)年前後には、織田信長が甲賀に侵攻しており、県教委は「甲賀武士団が知識や技術を精いっぱい利用して信長の攻めをしのごうとした、切迫した対応ぶりを示しているのでは」としている。
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 城郭の歴史
 詳細不明。



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