近江 枝折城(土肥城)
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 城郭の概要
所在地:米原市枝折
別 名 :土肥城
築 城 : −
初城主:土肥六郎左衛門実勝
区 分 :山城
遺 構 :堀切,土塁
城 域 :150m×50m
      標高 264m

 現地への案内

国道8号線醒ケ井駅前信号を南へ枝折口交差点を枝折方面へ

詳細位置はコチラ 

 駐車場
・駐車:枝折地区の空地を利用

【訪 城】2001年9月,2008年4月
【撮 影】2008年4月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

主曲輪と土塁
主曲輪と土塁

 現地の状況
 枝折城は中山道の醒ケ井宿から東に入った枝折地区の林蔵坊背後の山(標高約264m)に築かれている。
 近年、林蔵坊の庭園はしっかりと手入れがされ、おまけに猪よけの柵がめぐらされているので、枝折城へは円光寺横から山に入ると良い。

 枝折城は50m×20mmほど平坦地を三段の曲輪を連ねた小振りな山城で、最頂部の曲輪の東と南に土塁を配し、櫓台を配している。
また山頂から延びる北、西、南の尾根は堀切でしっかりと処理されている。

 山主の野瀬さんによると、北側の切岸部分には石積み一部があったが、戦後に炭焼き釜を造る際にこの石積み使われてしまったとか。

 この枝折城は中山道から奥まった位置にあるにもかかわらず、尾根筋は堀切で処理するなど、山城としてしっかりと築城されており、中山道沿いに築かれている菖蒲嶽城、地頭山城などよりは後年に改修された印象が強い。
 あえてあげれば年代的には太尾山城鎌刃城に近いと考えられる。

 ひとつ気になるのは、南方約5kmの高取城(彦根市男鬼町)の存在である。醒ケ井から男鬼町を経て彦根に抜ける間道があったとすれば、この枝折城の存在も肯けるのだが。
 なお、山また山の山間部にある高取城から眺望がきくのは、醒ケ井方面と彦根方面だけである。
北尾根の堀切
北尾根の堀切

林蔵坊の庭園に咲くカタクリ
林蔵坊の庭園に咲くカタクリ

 城郭の歴史
 枝折城は字造座の一小山にあって、土肥六郎左衛門実勝の居城だとされる。
実勝は源頼朝の家臣土肥次郎実遠の末裔で、鎌倉時代後期から南北朝期にかけて近江、美濃の野武士を平定して功があったとされる。


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枝折城の北尾根虎口
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二の曲輪からみる主曲輪
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