近江 桜生城(さくらばさま)
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 城郭の概要
所在地:野洲市小篠原桜生
別 名 :永禄年間
築 城 : −
初城主:沢弾正少弼清光
区 分 :館
遺 構 :土塁,空堀,水堀
城 域 :50m×50m

 現地への案内

国道8号線から桜生日吉神社へ

詳細位置はコチラ 

 駐車場
空地を利用
【訪 城】
2001年6月,2008年3月
【撮 影】2008年3月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

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お勧め度









桜生城前面の堀

 現地の状況
 国道8号線野洲町の滋賀県農協連合会LPガス野洲充填所の小さな交差点を東に入り、桜生出城のある山を迂回する形で麓を約半周ほど廻ると、日吉神社がある。
 この日吉神社前に来ると、水堀と土塁がいやでも目に飛び込んでくる。ここが桜生城である。

 城域は南北約50m,東西約50m程で、周囲を土塁が囲み、西側は水堀が、北〜東〜南側は空堀を配している。

特に東側の土塁は分厚く、その高さも 5〜6mはある。これだけ見事な土塁が住宅地の中に残っているのは、桜生城が山を背後に築城されているからであろう。
また土塁の外周に廻らされた空堀も見事である。
この桜生城には、現在(2008年3月)も29代目当主の澤氏がお住まいである。

 近江ではこうして城郭遺構に住まわれている例は、木之本町の小山館,竜王町の井上館,野洲町の北村城と少なくないが、この桜生城はそれらと、規模,遺構の残り方を比較しても、一線を画するものである。

 桜生城の南側に位置する公園は"矢場"と呼ばれ、西側住宅地は下屋敷との呼び名が今も残っている。

周囲を取り巻く土塁〜内側から
周囲を取り巻く土塁〜内側から


分厚い土塁の馬踏み
分厚い土塁の馬踏み

 城郭の歴史
 永禄年間(1558〜1570)に沢弾正少弼清光が入城しており、文禄2年(1593)には廃城となったが、詳細については不明。

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