近江 水茎岡山城
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 城郭の概要
所在地:近江八幡市牧町
別 名 :水茎岡山城
築 城 :永正5年(1508)
初城主:九里備前守信隆
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,堀
面 積 :1000m×1000m
     標高104m


九里氏の紋
九里氏の家紋
(丸に隅立て四つ目)

 現地への案内
交通機関は車を利用
県道26号線、牧水泳場南

 詳細位置はコチラ mapfan
駐車場
近くの空地に駐車可

【訪 城】2002年1月,10月
【撮 影】2002年10月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り




水茎岡山城の石碑
水茎岡山城の石碑

 現地の状況
 岡山城が築かれている岡山は3つの山からなり、西端の小さな山を頭山、真中の大きな方の山を尾山、一番低い山を小山といい、戦後この辺り一帯が干拓されるまでは、岡山は四方を湖で囲まれた小島であったという。

 岡山城は水茎岡山城ともい、これは岡山が一帯が絶景で、「秋風の日に異(け)に吹けば水茎の岡の木の葉も色づきにけり」と万葉集にも詠まれたことによる。

 また、岡山城は別名を尾山城ともいう。これは岡山城が3つの山の中で最も高い尾山(標高102m)を中心に築かれていることに由来する。

 現在では岡山城のある丘陵を湖岸道路が分断するように走り、その道路脇に岡山城の石碑が建てられているが、岡山城へは尾山の北側の配水場から、崖を迂回して斜度のきつい斜面を約10分ほど登ると幅5〜10mの土塁上に出る。
 土塁西側端Aは見事な堀切であるが、曲輪Bへの虎口ともなっており、興味深い構造である。
 中央部に位置する削平地Cは1段高くなっており櫓台と考えられ、この櫓台の両脇に袖曲輪を配しており、ここが主曲輪であったことが窺い知れる。

 主曲輪の西側Eでは、両脇の緩斜面に竪堀を配し、土橋を形成することで西側からの攻撃の備えている。また、南側には長大な竪堀Dがあり、この竪堀を降り、竹林,笹藪を抜けると曲輪群等と共に深さ1.5m、幅5〜6m横堀が掘られている。

一通りのパーツが揃っており中世城郭を堪能できる山城である。なお、景勝の地として詠われた岡山だが、現在ではブッシュのために眺望はあまり期待できない。
岡山の遠景
岡山の遠景

岡山城の縄張り図
岡山城の縄張り

 城郭の歴史
 岡山城の城主九里氏は応仁・文明の乱(1467〜77)に戦功をたてた九里美作守賢秀を祖とし、その孫信隆の頃、第11代将軍足利義澄が、前将軍義植に解官された折、築城まもない永正5年に義澄を城内御所へ迎えたことから、永正7年(1510)幕府軍3千の攻撃を受けるが、九里信隆はこれを撃破した。

 永正11年、佐々木六角の謀略によって信隆は殺され、その子浄椿が城主となったが同17年、佐々木六角定頼の奇襲をうけて岡山城は落城する。
 大永5年(1525)九里氏の残党は九里三重郎を盟主に、近江八幡市黒橋において佐々木六角氏との戦いに敗れ九里氏は滅亡した。
山中の横堀
山中の横堀




観光
旧西川家住宅
 国の重要文化財に指定されており、江戸時代の町並みの面影を残しています。
近江商人町の並み
近江八幡市新町2-22
TEL 0748-32-7048
入館料 大人300円


歴史民俗資料館
 森五郎兵衞の控宅で、近江商人(八幡商人)の往時をしのぶ帳場風景や生活様式をそのまま残し、そのほか多くの民俗資料が展示されています。

かわらミュージアム
かわらミュージアム

 日本国内では3つしか存在しない瓦専門の展示館。館内は八幡瓦を中心に展示されています。

観光得々情報
 観光パスポート 1,000円を購入すれば、市立資料館,歴史民俗資料館,旧西川住宅,旧伴家住宅,八幡山ロープウェー,かわらミュージアム、およびアートギャラリーの入場が無料。(すべての施設入場料を単独で購入するより700円お得!)

発売場所:近江八幡駅北口観光案内所、および白雲館観光案内所

近江八幡町並み散策コース




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