近江西山城

朽木氏の紋

(四つ目結)

【城郭の概要】

所在地:高島郡朽本村市場・荒川境界
別 名 :−
築 城 :
初城主:朽本氏
区 分 :山城 
遺 構 :狼煙台,土塁,堀切
面 積 :30m×80m
     標高 356m、比高200m

北西の虎口
北西の虎口


・交通:国道367号線朽木村野尻から
     県道23号線入る
・駐車:公営住宅横に数台
・撮影:2000年11月
遺構の保存状態 ★★
遺構確認し易さ ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★

★の数の多い方が良い(または、激しい)
現地の状況
 西山城は佐々木氏の支流・高島氏の居城である清水山城の支城として位置づけられており、朽木陣屋跡の背後、北西に位置する西山の山頂に築城され、若狭街道監視の役目を負っていたと考えられている。

 登り口は朽木陣屋から500mほど北西方面へ行ったところにある。地元で登り口を尋ねる場合は、"観音堂への登り口"を尋ねた方がよい。観音堂は西山城址の山頂から50mほど下がったところにある。

 登り口には西山城登山口を示す小さな案内板が建てられている。ハイキングコースとして整備された山道を登ると約40分で着く。
 主曲輪の周囲を取りで囲み、西側に虎口を2カ所設けている。北西虎口は食い違いとなっており、土塁は分厚く、西山城の最大の見所といえる。主曲輪の北側には狼煙台と云われる土盛りが認められる。

 主曲輪の南北には袖郭を配し、南側の郭は斜面を利用した形で2段になっており、下段の曲輪は南から西にかけて主曲輪を取り巻くように配置されている。

 なお、この西山城は昭和54年12月、地元朽本中学校の郷土史研究クラブが、土地の古老より聴取した伝承をもとに現地踏跡して発見したものとのこと。
西山城の縄張り
西山城の縄張り

【城郭の歴史】
 西山城は、ここより南西1.3kmにあった朽木城(朽木陣屋)の出城として設けられたもので、朽木城の背面を防御するためだけではなく、西方眼下を通る若狭街道や東方の安曇川下流を監視する機能をかねていた。

 築城のプランとしては、西山の頂上、標高356mを二段に削平し、上段には狼煙台を持つ主曲輪を設け、下段には二カ所の袖曲輪を南北に配しています。各曲輪の周辺には部分的に土塁が残されていますが西側の土塁が途切れる部分二カ所に木戸が見られる。
 また、南北両曲輪にの前方には尾根伝いに侵入してくる敵兵を阻止するために三本の堀切(空堀)が設けられている。

 築城の年代は、朽木城と同じ14世紀と考えられるが、現存する遺構からは戦国時代末期(16世紀後半)に築城されたと考えられる。
朽木村教育委員会の現地案内板を編集



近江の城郭