近江 長沢城

【城郭の概要】

所在地:米原市長沢
別 名 : −
築 城 : −
初城主:長沢太郎冠者土佐守義盛
区 分 :平城
遺 構 :堀
面 積 : −






長沢城の石碑
長沢城の石碑



・交通:県道556号
     (旧北国街道)長沢
・駐車:なし
・撮影:2000年5月
遺構の保存状態 遺構無し
遺構確認し易さ
体力消耗度
お勧め度

★の数の多い方が良い(または、激しい)
現地の状況
 北国街道から長沢地区を西に入ると、住宅地の中を流れる小さな川(仲の川)の横に、「長沢城内堀跡・長沢関跡」の石碑が建っている。

 近くにある福田寺(本願寺8世・蓮如上人ゆかりの寺)のご住職に伺うと、福田寺がこの地へ移ったのが約800年前、それ以前に2本の川を堀として利用していたとのことである。

 長沢城の内堀に掛けられていた反橋(そりばし)は長沢からおよそ2km南の宇賀野にある坂田神明宮に現存している。

 福田寺の境内にある書院は、浅井長政の小谷城(現滋賀県湖北町)の遺構を移したものといわれ、福田寺御殿(通称浅井御殿)として県の文化財に指定されている。
また、「蓮如上人お手植えの松」は一見の価値あり。


【城郭の歴史,その他情報】
 
長沢城は保元の乱(1156)の功績によって長沢領を与えられた長沢太郎冠者土佐守義盛が築城した城(館)で、周囲に二重の堀を巡らした堅城であったと伝えられる。
 その長沢城内に延元4年(1239)頃になって布施山(現長浜市)から福田寺が移された。
小谷城から移築されたという書院
小谷城から移築されたという書院




近江の城郭