近江 物生山城(むしやまじょう)
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 城郭の概要
所在地:彦根市宮田町
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :山城
遺 構 :土塁,堀切,竪堀
城 域 :100m×20m

 現地への案内

国道8号線鳥居本北の信号を西へ

詳細位置はコチラ 

 駐車場
空地を利用

【訪 城】2001年4月,2003年12月,
      2008年9月

【撮 影】2008年9月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



土橋と堅堀
土橋と堅堀

 現地の状況
 登城口は宮田町を流れる小野川に掛かる宮田橋前から入ると墓の前を過ぎたところで、左手に曲がるのがポイント。右へ行くと急斜面を登ることになる。
 同じく小野川に掛かる物生山橋から教専寺横を通って登っても良い。

 最高部の曲輪から東尾根に4段の曲輪、西尾根には3段の曲輪が連郭式に配置され、東尾根は切岸主体の防御で、西尾根は傾斜が緩やかなこともあって、曲輪間は横堀で処理されている。
なお、西尾根を辿り、尾根を南下すると佐和山城の切り通しに出る。
曲輪間の横堀
曲輪間の横堀

 城郭の歴史
 物生山城に関して伝承や記録は無く不明であるが、その存在については、
(1)地元領主が築城 (2)佐和山城の出城として築城 (3)織田信長の佐和山城攻め時の陣城 等と考えられている。

 信長公記には佐和山城に対する付城について以下の記述がある。
----------------------------  【信長公記】 (巻三 元亀元庚午)
「木下籐吉郎定番として横山に入置かれ、夫より佐和山の城、磯野丹波守楯籠り相□候キ、直に信長公。七月□日、佐和山へ御馬を寄せられ、取詰め、鹿垣結はされ、東百々屋敷御取出仰付けられ、丹波五郎左衛門置かれ、北の山に市橋九郎右衛門、南の山に水野下野、西彦根山に河尻与兵衛、四方より取詰めさせ、諸口の通路をとめ。七月六日、御馬廻ばかり召列れられ御上洛。」
----------------------------
 上記、記述の「北の山」が、この物生山ではなかったかとも考えられている。


物生山城から東方の摺針峠を望む
物生山城から東方の摺針峠を望む

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