近江 久居瀬城
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 城郭の概要
所在地:東近江市永源寺相谷町
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :山城
遺 構 :堀,石垣
城域 :30m×100m
     標高 487m
     比高 約200m

 現地への案内
交通機関
国道421号線永源寺ダムの北

詳細位置はコチラ 

 駐車場
永源寺ダムの駐車場を利用

【訪 城】2008年9月
【撮 影】2008年9月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



二の曲輪斜面の石積み
二の曲輪斜面の石積み

 現地の状況
 久居瀬城は愛知川の上流、永源寺ダムの北に位置する笠松山(標高487m)の山頂付近に築かれた山城である。なお、この笠松山は別名を「トカリ山」ともよばれる。

 永源寺ダムから永源寺境内へ通じる遊歩道を登ること約25分で久居瀬城につく。
尾根道から久居瀬城の虎口に至る斜面には石積みがなされ、周囲には人頭大の石が散乱しており、広い範囲にわたって斜面に石積みされていたことが窺える。

 山頂の主曲輪から南尾根と北尾根に階段状に曲輪を連ねた山城であるが、比較的削平状態も良い。また主曲輪の東斜面にも石積みが残されている。

 久居瀬城の南方には愛知川を挟んで、八風街道を眼下に押さえる相谷城山城が位置しており、相谷城山城と共に八風街道を押さえる城であると考えられる。
主曲輪虎口付近
主曲輪虎口付近

 城郭の歴史
 愛知川流域は清和源氏の後裔・小倉景実が小倉城を本拠として支配した地域で、この久居瀬地区(久居瀬村)は、小倉左京亮行国が所領としていた地域である。

 永禄年間(1558〜1569)小倉一族の兵乱の時、小倉左京亮行国は久居瀬城に楯籠もり、小倉右近太夫と戦ったが、第17代城主・小倉良秀が敗れて小倉城は落城し、一族は各地に散逸した。

 久居瀬城も永禄年間に廃城となったと考えられる。なお、現在では久居瀬村は永源寺ダムの湖底に沈んでいる。


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愛知川の対岸から笠松山を見る
愛知川の対岸から笠松山を見る

主曲輪東斜面の石積み
主曲輪東斜面の石積み


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