近江 荒神山城
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 城郭の概要
所在地:彦根市清崎町
別 名 : −
築 城 : −
初城主:六角氏
区 分 :山城
遺 構 :石積み,竪堀,曲輪
城 域 : −

 現地への案内

国道8号線野口町の信号を西入る約4km、荒神山の山頂へ
詳細位置はコチラ 

 駐車場
荒神山神社の駐車場を利用

【訪 城】1999年5月
【撮 影】2008年9月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



曲輪切岸の石積み
曲輪切岸の石積み

 現地の状況
 荒神山城は 宇曽川の左岸、標高262mの荒神山の山頂付近に築かれた城である。南方約
3kmには山崎山城もあり、琵琶湖岸の街道監視の城である。
 山頂まで林道がつけられており、楽々登城できる。山頂には荒神山神社が祀られており、神殿の裏手に廻ると見事な石垣を観ることが出来るが、この石垣は城とは無関係である。

 荒神山城は、神社から北方尾根を100mほど歩いた所に位置している。饅頭型の東斜面と北斜面に小曲輪を配し、東斜面には石積みがみられる。また、荒神山神社の背後にも階段状の曲輪が認められる。

主曲輪の遠景
主曲輪の遠景

 城郭の歴史
 荒神山城は 宇曽川の左岸、標高262mの荒神山の山頂付近に築かれた城である。南方約
3kmには山崎山城もあり、琵琶湖岸の街道監視の城である。
 山頂まで林道がつけられており、楽々登城できる。山頂には荒神山神社が祀られており、神殿の裏手に廻ると見事な石垣を観ることが出来るが、この石垣は城とは無関係である。

 荒神山城は、神社から北方尾根を100mほど歩いた所に位置している。饅頭型の東斜面と北斜面に小曲輪を配し、東斜面には石積みがみられる。また、荒神山神社の背後にも階段状の曲輪が認められる。


 荒神山神社は由緒書きによれば、慶応4年(1864)神仏混淆を廃止となるまでは、お寺と神社が同居していたとのことである。
 寺は別名を奥山寺といい、宗派は天台宗で織田信長によって比叡山が焼き討ちされたのと前後して奥山寺も焼き払われたとある。
 また、井伊直政が近江に封ぜられた時に、佐和山,磯山と共にこの山が築城の候補となっていたが、最終的には金亀山(彦根城)に築城された。

 なお、庭園には天正12年に秀吉が寄進したという石灯籠が今も残っており、灯籠には「天正十二年二月吉日」と彫られている。
曲輪周辺の竪堀
曲輪周辺の竪堀


荒神山城をもっと紹介

秀吉が荒神山神社に寄進したと伝わる灯籠
秀吉が寄進したと伝わる灯籠

灯籠には「天正十二年二月吉日」と彫られている
灯籠には「天正十二年二月吉日」とある

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