近江 金剛寺城

 城郭の概要
所在地:近江八幡市金剛寺町 
別 名 :金田館 
築 城 : -
初城主:佐々木頼綱
区 分 :平城 
遺 構 : -
面 積 : -
戦 い :
文明元年(1469)
  
○京極持清(東軍)
     VS
   ●六角高頼(西軍)
明応3年(1494)
  
○山内就綱
     VS
   ●六角高頼


六角氏の紋
四つ目結
(四つ目結)
金剛寺城跡を示す説明板
金剛寺城跡を示す説明板
 現地への案内
メモ
・交通:JR琵琶湖線近江八幡下車、徒歩20分
     国道8号線友定町信号を西入る金剛寺町
・駐車:なし
・撮影:1999年6月

遺構の保存状態
遺構確認し易さ
体力消耗度
お勧め度

★の数の多い方が良い(または、激しい)
 現地の状況
 現在の金田小学校の辺り一帯が城郭跡とされているが、今は「古城」とか「大手」などの地名を残すのみで、遺構は何も残っていない。

 2001年に金剛寺城跡一帯が再開発され、金田小学校南側は更地となった。上記説明板も無くなり、金剛寺城の跡を示すものは何も無くなってしまった。

 城郭の歴史
 一説によると、金剛寺は佐々木荘で、六角頼綱(佐々木家第4代当主)の時からこの地に別館を設けていたという。頼綱を金田殿と称した。(近江蒲生郡志)
その後、孫の氏頼が寺院を創建して金剛寺と名付けた。


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