近江 小森城
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 城郭の概要
所在地:近江八幡市中小森町
別 名 : −
築 城 : −
初城主:小森氏、伊庭氏か
区 分 :館
遺 構 :土塁,堀
城域 :150m×50m
 現地への案内

国道8号線東川町の信号を北入る約2km、大森町の信号を西へ
詳細位置はコチラ 

 駐車場
桐原会館の駐車場を利用

【訪 城】2008年3月
【撮 影】2008年3月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



西曲輪の空堀
西曲輪の空堀

 現地の状況
 小森城は中小森の桐原会館の北東にあって、現状は南北150m、東西50mほどの竹林である。竹林の一画に熊沢藩山の顕彰碑が建てられている。

 竹林の周囲には幅1〜2mの小川が巡っており、堀として使われた可能性も考えられる。竹林の中にも幅1〜2mの空堀が縦横に走り、特に西側の北半分は二重堀としているのが特徴的である。
また西側と南側には低土塁も確認できる。

 小森城は平地にあって土塁は低く、堀も深いわけではない。また、堀や土塁の配置に防御の指向性が感じられず、城というよりも館という表現が適切ではないかと感じた。
小森城の遠景
小森城の遠景

 城郭の歴史
 熊沢藩山は江戸前期の儒学者で、元禄4年(1691年)に生涯を閉じたが、蕃山の思想は幕末に藤田東湖,吉田松陰,勝海舟などが傾倒、倒幕の原動力となった。

 その熊沢藩山が若き日に学問に励んだのが、祖母の実家があった桐原のこの地である。
熊沢藩山の姻戚には小森氏、伊庭氏があり、これらの関係から城館跡ではないかと考えられている。

東曲輪の空堀
東曲輪の空堀
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