近江 上南城
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 城郭の概要
所在地:蒲生郡蒲生町上南
別 名 : −
区 分 :館
初城主:安部井氏
区 分 :平城
遺 構 :土塁,堀
城域 : −

 現地への案内
交通機関
県道41号線市子殿の信号を西入る

詳細位置はコチラ
 駐車場
県道41号線市子南の信号を西へ600m、上南地区

【訪 城】2003年6月
【撮 影】2003年6月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



上南城址跡
上南城址跡
城址跡の写真をPCトラブルで消失しましたが、
2007年1月に東京在住の安部井氏の子孫の方から写真をご提供頂きました。


 現地の状況
 川南城は蒲生町上南集落の北側の「学校畑」と呼ばれる畑地一帯で、1901(明治34)年に朝日野西尋常高等小学校が置かれていた所で、それまでは「城山」と呼ばれる山林であったといい、現在も側溝の下から最大高さ3mほどの比高差があり、面影をとどめている。

 当時の城域は60m×60m(滋賀県教育委員会の調査では東西75m、南北80m)ほどで方形館であったとされ、周囲に6mほどの堀があったというが、現在では埋められ田圃になっている。以前は堀のまま田圃として使われていて、「堀田」と呼ばれていたともいう。

 城郭の歴史
 川南城の東250mにある浄土宗誓安寺には「道場掟」が保存され、天文14(1545)年には「城主右衛門太夫長弘後二因幡守秀家」と見え、元禄12(1699)年の記録にも「安部井因幡守秀家」と見えることから、安部井氏の館城だと考えられている。

 市子殿の観音寺にも「平井城主安部井因幡守秀家」の位牌があるという。また城跡の北100mの八幡神社は、文和4(1355)年に平井長秀が勧請し、明応2(1493)には安部井因幡守綱重が再建したともいわれる。
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