石田屋敷
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 城郭の概要
所在地:長浜市石田町
別 名 : −
築 城 : −
初城主:石田氏
区 分 :平城
遺 構 :堀跡
城 域 : −

町指定史跡


 現地への案内

 国道8号線八幡町信号東入石田町
長浜駅から約3km

長浜駅レンタサイクル 500円/日

詳細位置はコチラ 

 駐車場
なし
【訪 城】2000年10月
【撮 影】2000年10月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

石田屋敷跡
石田屋敷跡

 現地の状況
 現在の石田町石田会館の建っている場所が石田屋敷跡と云われている。石田会館は長浜における石田三成公顕彰会の事務所となっている。
 また近くには石田三成一族の供養塔が最近建てられている。この場所は昔から"掘るとたたりがある"と云われてきたが、近年掘ってみると五輪塔などが出てきて、関ヶ原の戦い以後、徳川方が石田色を消すために墓石を埋めたのではないかと云われている。

 屋敷跡の北の横山には横山城もあり(周辺の略図)、併せて登って見るのも良い。
また、石田三成が少年時代に修業中、秀吉に見いだされたという「三椀」の逸話が残る観音寺は車で約5分の距離。
治部池
治部池
 城郭の歴史
 石田三成公は永禄3年にこの石田町に誕生されました。その当時の石田家の屋敷はこの付近一帯にわたり約一町四反歩位あったものと思われます。
 現在地は屋敷の南端に当たり、ここから北へ現在のバス停付近まで屋敷があったようで、この地域の小字名は「治部」と称し俗称「ごいで」とも言われています。
 隣接地に「的場」、「御畑」、「番場」、「堀端」等の小字名から当時の豪族らしい構えが伺われます。左手の池は「堀端」または「治部池」と呼ばれ石田屋敷の堀の一部遺構と伝えられます。

現地案内板より




観光
観音寺
米原市朝日
入場料 無料

観音寺
 羽柴秀吉が湖北三郡12万石を領し、長浜城主となった後、鷹狩りで観音寺に立ち寄った際、寺の小僧をしていた石田三成が、お茶が飲みやすいようにと冷まし具合を変えて出したと謂われがある。
 境内にはその時の水を汲んだという井戸もある。

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大蛇の洞窟
木之本町古橋
大蛇の洞窟への案内板
関ヶ原の戦いで敗れた石田三成は母の生まれた古橋へ落ちのび、地元民の助けもあって古橋の山中にある洞窟に潜んでいた所を捕縛されたという。
 古橋へ行くと己高庵を過ぎた辺りから標識が建てられ登り口まで案内してくれる。
洞窟は山道を登ること30〜40分。



お勧め度

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