近江 石部城
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 城郭の概要
所在地:湖南市石部
別 名 : −
築 城 :文明年間(1469〜87)
初城主:三雲氏
区 分 :平城
遺 構 :空堀,石垣
城域 :80m×100m

 現地への案内

国道1号線石部口を南へ500〜600m
詳細位置はコチラ 

 駐車場
駐車場はなし

【訪 城】2001年9月
【撮 影】2001年9月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



石部城址に建つ善隆寺
石部城址に建つ善隆寺

 現地の状況
 現在、石部城址には石部氏の菩提寺である善隆寺が建てられており、善隆寺墓地奥の竹藪に、空堀の一部と思われる遺構が残る。
 また、日本城郭大系には石垣が残るとあるが、善隆寺の建つ石垣のことか?


 城郭の歴史
 石部氏は、甲賀五十三家、青木氏の一族で、正式官名は青木氏を名のっていた。甲賀郡を本城観音寺城の奥の城とする近江守護職六角氏は、甲賀亡命のたびに石部城に寵城している。

 長享元年(1487)の鈎の陣の戦いで六角高頼軍は将軍足利義尚に攻められ、石部城へ籠もった。
また、永禄11年(1568)六角承禎、義弼父子は、足利義昭を奉じて京へ上らんとした織田信長の上洛を阻止しようとしたが、観音寺城の支城である和田山城箕作城を落とされて石部城に入った。
天正2年(1574)信長軍の佐久間信盛に石部城を攻められ、六角父子は脱出に成功するが、石部城は落城した。

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