法華寺

【城郭の概要】

所在地:伊香郡木之本町古橋
別 名 :− 
築 城 :− 
初城主:− 
区 分 :寺院城郭
遺 構 :石垣
面 積 :−


法華寺
法華寺への山道と石垣

・交通:国道303号線千田口信号を東、県道282号線を東に2km、古橋から更に1km
・駐車:空地を利用
・撮影:2001年6月
遺構の保存状態 ★★
遺構確認し易さ ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★

★の数の多い方が良い(または、激しい)
現地の状況
 奈良・平安・鎌倉時代には湖北仏教文化圏の中心寺院として栄えた大寺院である。慶長5年(1600)関ヶ原の戦いに敗れた西軍の将・石田三成は関ヶ原から三成の母の出身地でもある古橋の地に逃れて来た。
 山中にある法華寺は己高山七ヶ寺の惣山だけあって、見事な石垣が残っている。湖北山岳仏教の中心地というだけでなく、状況に応じては城郭としても機能していたのではないか。
大蛇の洞窟
大蛇の洞窟

 近くには石田三成が隠れたという大蛇(おとち)の洞窟がある。この洞窟、実際に行ってみると相当、車で奥に入り、尚かつ40〜50分ほど山を登った所にあり、密告がなければ見つかるような場所でないことを実感する。

【城郭の歴史】
 神亀元年(724年)行基が薬師如来を本尊として創建し、その後伝教大師(最澄)が寺坊を修復して日光,月光菩薩をはじめ十三神将を刻して祀ったと伝えられています。興福寺文書によると僧房百二十宇宗徒五十口とあり、当時は己高庵惣山の院主を務めるなど己高山七ヶ寺院として小谷城主三代の帰依深く、また豊臣秀吉や徳川家の庇護を受け格式を誇っていたと伝えられています。
木之本町教育委員会


近江の城郭