近江 浮気城(ふけじょう)
HOME湖南地区
 城郭の概要
所在地:守山市浮気町
別 名 : −
築 城 : −
初城主:浮気時房
区 分 :館
遺 構 :土塁,堀
城 域 : −

 現地への案内

JR琵琶湖線、守山駅下車約500m
詳細位置はコチラ 

 駐車場
駐車場は無し
【訪 城】1999年7月
【撮 影】1999年7月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

お薦めの書籍










住吉神社境内の土塁
住吉神社境内の土塁

 現地の状況
 琵琶湖大橋取り付け道路の守山市浮気町の住吉神社が浮気城址である。取り付け道路側からは神社の裏に当たる。表門へは住宅地の中の路地から廻ることになる。

 遺構は境内に土塁のほかに掘跡が確認できる。土塁は高さ1m〜3m程度のものが、10m近くの長さで状態よく残っている。堀は落ち葉や堆積物で埋もれ、数10cm程度の深さである。

 町中の平城遺構としては、非常によく残っているのが嬉しい。
また、住吉神社の前の里中川には、琵琶湖周辺でも生息数が少なくなったハリヨが育成されている。
 ハリヨは清流にしか住まず、それだけ琵琶湖周辺の川が汚染されたということだろう。
 なお、ハリヨは浮気町以外は能登川町垣見(垣見城近く)と醒ヶ井でも育成されている。
土塁上から見る曲輪
土塁上から見る曲輪

 城郭の歴史
 浮気氏は北条氏の出で、北条時綱のときに浮気を領した。その後、浮気階常は後醍醐天皇に仕え、藤丸五葉二花の紋を賜わり、応仁文明の乱(1467〜77)では美作守貞綱が佐々木政宛と三上山麓で戦っている。
 その後、浮気氏は佐々木六角に従い、六角氏滅亡後は織田・豊臣氏に仕えた。

 元亀元年(1570)、織田信長が金森御坊の一向一揆衆と対峙したおり、当城を拠点の一つとしたとも伝えられている。
空堀の一部
空堀の一部
HOME湖南地区

近江の城郭