近江 相谷万灯山城
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 城郭の概要
所在地:東近江市永源寺相谷町
別 名 : −
築 城 : −
初城主:小倉氏
区 分 :山城
遺 構 :堅堀
城 域 : −
     比高 約100m


 現地への案内

 国道421号線(八風街道)の相谷地区、バス停永源寺車庫南東約500m
詳細位置はコチラ 

 駐車場
空地を利用
【訪 城】2004年2月
【撮 影】2004年2月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★☆☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

山中の堅堀
山中の竪堀

 現地の状況
 相谷万灯山城は愛知川の左岸、八風街道を見下ろす万灯山の山頂付近に築かれている。

 バス停永源寺車庫の横から脇道に入り、山を反時計に迂回する形で、熊原神社の鳥居を越えて林道に入り、南斜面から登る。
 比高約100m程度ではあるが、冬場にもかかわらず藪漕ぎに難儀する。

 相谷万灯山城は山頂から東西に延びる尾根の先端に位置しているが、ほとんど自然地形に近い。
 城郭遺構としては、東端に切出してつくられた曲輪地形の虎口を固めるように竪堀がある。

 城郭の歴史
 小倉城は承暦年代(1077〜1080)に清和源氏の後裔小倉景実が、背後に鈴鹿山脈を擁し、眼下に愛知川を望む天然の要害に築いたものである。

 清和源氏の後裔である小倉氏は、南北朝期から室町期にかけて愛知川流域を支配したが、室町中期に3〜4家に分家し、愛知川小椋庄を支配した小倉東家は高野城ならびに小倉城を居城とした。また、神埼郡御園庄(山上郡)を支配した小倉西家は山上城を本拠とした。

 小倉西家の小倉右近太夫、山田城主・小倉三河守良秀が支城として築いたのが相谷万灯山城と考えられている。
 その他小倉右近太夫らが築いた支城には、和南城、山田城、九居瀬城、八尾山城等がある。





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