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旧二条城
 現在、私たちが二条城として見たり、訪れることが出来るのは、慶長8年(1603)に徳川家康が上洛の際の宿舎として造営したもので、織田信長が永禄12年(1569)第15代将軍・足利義昭のために築城した旧二条城は、現在の二条城の北東約1kmの平安女子学院高・中学校を中心とした300m×200mほどの地域に建てられていたと考えられています。
 永禄11年(1568)足利義昭を奉じて上洛した信長は、三好三人衆を阿波へ敗走させるが、三好三人衆は翌永禄12年1月に流浪中の斉藤龍興,長井道利等と義昭の宿所である本圀寺を包囲、織田方の武将・三好義継、池田勝正等が三好勢を撃退する。
 この知らせを受けた岐阜城の信長は、雪中を一騎駆けし、3日の行程を2日で上洛。この時、信長に共した者は10騎ほどだったという。この三好三人衆の義昭襲撃をきっかけに、信長は2月2日に二条城の築城に着手、4月4日には義昭が移り住んだ。この旧二条城の地は勘解由小路室町の真如堂の跡地で、元々は足利義輝時代の旧幕府が置かれていた所だという。
 なお、平安女子学院の敷地の片隅に「旧二条城跡」の石碑が建てられています。


旧二条城の石碑


現在の二条城 本丸天主台


現在の二条城 南西隅櫓

旧二条城の石垣
 
 築城当時、日本において布教活動をしていたルイス・フロイスの記録によれば、旧二条城というのは現在の二条城以前に、永禄12年(1569)2月に工事を開始し、常時1万2000人から2万5000人の人役を投入し、70日間ほどでほぼ全容を整えたということであり、期間を極めて短くするために石垣の石材に近郷の石仏、板碑、灯籠等を徴集し積み込んだと記載されているが、その通りの石仏などが、この遺構に見られる。その後、信長は義昭を追放し、東宮誠仁(さねひと)親王を迎え入れ、「二条御所」とも呼ばれていた。  天正10年(1582)の本能寺の変において明智勢に攻め入られ、信長の長子・信忠が自刃し、城郭建築は焼失した。

 この石垣は京都市高速鉄道烏丸線(地下鉄)建設に際し、烏丸下立売から発見されたものである。石垣は「犬走り」を挟んで上下二段に分かれて北面し、東西方向に走り、南東方向に折れる角を持つ。この遺構は移築に際し、方角が90度ほど変わったが、元来は東西方向が長く、八間強を測り、普通の石材約150個の他に、40個ほどの石仏・板碑・礎石が使われている。
京都市  現地案内板より

現在の二条城に移築された旧二条城の石垣


【所在地】
京都市上京区烏丸下立売付近
詳細位置はコチラmapfan
【訪問日】2000年3月
【現地を訪れて】
 旧二条城の石垣は二条城内にありますが、裏手にあたり割合人目につき難いところに移築されています。
これが永禄12年信長が築いた石垣やといわれても、本当に発見された状態のまま移築されたものかどうか、疑心暗鬼の気分でした。(^^;



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