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建勲(たけいさお)神社

建勲神社本殿
建勲神社本殿

 織田信長を祀る神社で、通称「けんくんじんじゃ」とも呼ばれる。  天下を統一した信長の偉勲を称え、明治二年(一八六九)明治天皇により創建された。同八年(一八七五)別格官幣社に列せられ、社地を船岡山東麓に定め、次いで現在の山頂に遷座した。

 御祭神 織田信長公  織田信長公は戦国の世を統一して民衆を疲弊絶望から救い、伝統文化に躍動の美を与え、西洋を動かす力の源を追求して近代の黎明へと導かれた。その為、信長公は行き詰った旧来の政治、社会秩序、腐敗した宗教等を果敢に打破し、日本国民全体の日本を追求された。  明治天皇より特に建勲の神号を賜い、別格官幣社に列せられ、ここ船岡山に大生の神として奉斎されている。

御祭神:贈太政大臣正一位  織田信長 公     
配  祀:従三位左近衛中将  織田信忠 卿
 現地案内板より

【所在地】
京都市北区紫野北舟岡町49
詳細位置はコチラ
【訪問日】2004年10月17日
【現地を訪れて】
 建勲神社の祀られている船岡山は、標高111mで低い山と云うよりは丘といった表現が適切であるが、山頂からは南側に広がる京都市内を一望できる。
 平安時代、平安京の造営時には中国の風水・四神相応(しんじんそうおう)の考え方に基づき、この船岡山を“北の丘陵”(玄武)と定め、巨椋池を“南の窪地”(朱雀)、鴨川を“東の流水”(青龍)、山陰道、山陽道を “西の大道 (白虎)として都造りがなされているという。
 また、応仁の乱の際、西軍の山名宗全が船岡山に陣を構えたと云い、西陣という地名はその名残で、船岡山には現在でも堀跡を確認することができる。


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