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福蔵寺

織田信孝の墓
 福蔵寺は三重県亀山市関町にあり、天台真生盛宗の寺で清浄山福蔵寺といい、織田信孝の菩提寺として天正11年に創建されています。
信孝の墓には、法名 龍厳徳公大禅定門、側面には織田三七平朝臣信孝郷と書かれています。



織田信孝の墓

【所在地】三重県亀山市関町
詳細位置はコチラ

【訪問日】2004年9月11日

【現地を訪れて】
 関町にある “関宿の町並み” を歩いていて、偶然に織田信孝の菩提寺・福蔵寺を見つけました。
織田信孝は父・信長死後、越前の柴田勝家,北伊勢の滝川一益と共に反秀吉戦線を張りますが、天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った羽柴秀吉によって岐阜城を攻められ、愛知県知多半島の内海・野間で切腹をさせられています。
 その信孝の菩提寺が、どうして関町にあるのか、ちょっと不思議な気がしましたが、よく考えてみれば信孝は永禄11年(1568)に北伊勢の神戸家に養子として入っており、信孝の旧領であることを考えれば、あっても不思議ではないわけです。
 神戸信孝の居城であった神戸城を訪れた時よりも、墓を見た時の方が、信孝に対する親近感を覚えてしまいました。それにしても墓がやたら新しいのが気になりました。(^^)



−織田信孝関連の史跡−
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