平成19年度特別史跡安土城跡 発掘調査説明会概要
現地説明会開催日:2007年11月3日(日)

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今年度の発掘調査結果は18年間の調査を見直す発見が!

 安土城の発掘調査は平成元年から20年計画で行われてきて、この間に新たな大手道の検出など大きな成果があがりました。
こうした成果をふまえて19年度と20年度は文献調査を主体として進めれる予定でしたが、大手道の環境整備に伴う発掘調査で、意外な発見があり、今回の現地説明会となりました。

 この新たな発見は、従来の安土城に対する考え方を覆す大きなもので、滋賀県城郭博物館では、「1989年以来18年間の調査を見直す発見」と位置づけています。
 では、新たな発見とは何か。現地説明会の内容からご紹介します。

 説明会当日は200名を越える歴史ファンが集まり、約50名づつの5班に分かれて現地見学と共に、説明を受けました。
現地説明会風景
現地説明会風景


今までの発掘調査結果

 過去の発掘調査では大手道の東側に平虎口、西側には平虎口と枡形虎口が検出されています。これら虎口は既に環境整備が完成しており、現地で確認することができます。

 ここで、ここれまでの安土山の南面における発掘調査結果を整理すると、安土城南面に虎口が3つ発見されたことにより、新聞などでは「安土城は平安京などに観られる三門形式だった」と報道されました。
大手道東側の平虎口
大手道東側の平虎口


大手道西側の平虎口
大手道西側の平虎口


大手道西側の枡形虎口
大手道西側の枡形虎口

新たに検出された枡形虎口
 ところが前述しましたように、今年度の環境調査に伴う発掘調査で新たに虎口が発見されました。
現地説明会の要旨は以下の通りです。

----------------------------ココカラ
(1)新たに幅4.5m(排水溝を含む)の虎口が検出された。
虎口の西側水路沿いに柱間1.8m(6尺)の礎石が検出されたが、虎口東側には礎石がないことから、高麗門や薬医門のような門ではなく、長屋門のような門ではないかと考えられている。
 いずれにしても礎石が小さいことから、大手道の3門と比較すると防御施設としては貧弱な門であったと推定される。

(2)幅1.8mの階段にともなって検出されたスロープは用途不明、馬でも登れるように配慮された可能性もある。

(3)検出された虎口から階段を経て登った曲輪は、大手道と百々橋を繋ぐ帯曲輪の中でも最も内堀側に突出した箇所であり、且つ最も高所にあることから、大手門と百々橋口を監視するのに適しており、監視目的の曲輪ではなかったか。
----------------------------ココマデ
新たに検出された枡形虎口
新たに検出された枡形虎口


新たに検出された枡形虎口(東側から)
新たに検出された枡形虎口(東側から)


枡形虎口には長屋門が想定されたが、大手三門と比較すると貧弱な門だった

 新たに検出された枡形虎口(虎口幅約4.5m)には幾つかの礎石も検出されていますが、この礎石の位置関係から薬医門や高麗門があったとするならば、礎石のあるべき位置に礎石がないという動かし難い事実が判明しました。

 こうした事実から、この虎口には長屋門が建てられていたと想定されましたが、礎石の大きさがあまりにも小さいことから、大手三門と比較すると貧弱な長屋門であることが推定されました。

虎口西側の礎石
虎口西側の礎石


虎口東側には礎石がない
虎口東側には礎石がない


安土城の城域はどこまでだったのか

 新たに検出された枡形虎口には、大手三門と比較すると貧弱な長屋門が建てられていたことは何を意味するのでしょうか。
滋賀県城郭研究所は、「従来まで安土城南側の城域は大手道から百々橋口に至るまでの石垣ラインであると考えられてきましたが、今回の枡形虎口に建てられていた長屋門の造りが貧弱であることから、安土城の城域(防御ライン)は大手道と百々橋口を結ぶ石垣ラインではなく、内堀を含んだ地域として考え直す必要がある」と結論を出しています。

 つまり、安土城は江戸期に築城された近世城郭と同様に、大手門の前面の内堀に面した部分に馬出状の曲輪(の状のもの)を備え、この曲輪に安土城南面の防御を担わせていたということです。

 こうなってくると、今までなされてきた 「安土城の大手道は180mにわたって直線的に延び、従来の城郭の常識を覆すものである」といった話は全く意味のないものになってきます。

 では、どのような曲輪があって、その曲輪に付随する防御施設はどのようなものだったのでしょうか。
残念ながら、大手道の前面(現在の駐車場)は大きく改変を受けており、調査をしてもあまり成果は期待できません。このまま謎として終わってしまうのでしょうか。

 ここからは私見ですが、安土城の城域を内堀まで広げるとすれば、現在の安土城の中で最も南に突出している「伝江藤邸」が城内と城外を繋ぐ大きな役割を果たしていたと考えられます。
 おそらくは滋賀県城郭研究所でも、この点は検討されていることでしょうから、20年の発掘調査とは別に調査される可能性はありますし、是非とも調査して欲しいものです。

2007年11月25日 文責 箕浦


関連サイト
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